フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2017-03
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木下恵介を辿る旅008●iPadが欲しくなる

 木下惠介監督のスゴさに気付いて以来、戦前~戦中・戦後にかけての日本映画を体系的に知り直してみたくなりまして、「いつか読むだろ」と思いつつ全く読んでいなかった佐藤忠男著『日本映画史ー増補版〈1〉1896‐1940』を今、電車での行き帰り等で読んでるのですが・・・これが400ページ以上あって重厚感のある本でして。

 長時間立ちっぱなしで読んでる時などは手首が痛くなってきますし、鞄の中でもかさばります。こういう時に、アメリカで発売されたという「iPad」で電子書籍として読めたらなぁと思ってしまうわけですね。

 あと、こういった歴史書などを読んでいると、自分の関心分野である「木下惠介」とか「セクマイ関連の記述」に出会った時には何かにメモしたくなるわけですが。たぶん電子書籍化されていたならば、いちいち自分で文字を打ち直さなくても該当箇所をコピーすれば済むわけですし、後から「あのトピックに関する記述をもう一度読みたい」と思いついた時にもページをペラペラめくって目を走らせて探す必要がなく、検索してしまえば済んじゃうわけですからね。きっとかなり便利なんだろうなぁと思うわけです。

 あと、どうやら電子書籍では映像を組み込むことも出来るなど、グラフィック表示が充実する可能性もあるとのことで、なおさら『日本映画史』などの「グラフィカルに見てみたいもの」には適しているわけでして。文字情報だけではなく映像や音楽情報も知ることが出来た方が、より利便性が増しますからね。映画関連本こそ電子書籍にはふさわしい。そんなことをつくづく思いながら、手首を痛めながらの読書をしている毎日です。

 それにしても、「知りたい情報」とか「テーマ」が明確になると、こんなにも歴史書から知識を得ることが楽しくなるとは・・・。今、学生時代の何倍もの知識吸収欲求にメラメラと燃えてるような気がします。自分の中に確固とした野太い「幹」が出来たという感じ。FC2 同性愛 Blog Ranking


木下惠介ニュース
『二十四の瞳』上映…4/8(木) 1:00pm、5/2(日) 10:30am@国立近代美術館フィルムセンター『映画の中の日本文学 Part3』
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木下恵介を辿る旅007●不朽の名作はもしかして、未来を暗示しているのかもしれない



 最近、木下惠介監督の伝記本『天才監督 木下惠介』(長部日出雄著)と、高峰秀子さんと著者とのふれあいが書かれた『高峰秀子の流儀』(斎藤明美著)に深い感銘を受けまして。(本当にどちらも名著です!)

 木下監督作品が観たくてしょうがなくなり、新宿TSUTAYAでどの程度のDVDが借りられるのかを調査してまいりました。

 同時代に黒澤明監督と「2大巨頭」として人気を博し、ライバル関係にあったはずなのに片や黒澤作品は全作品のDVDがズラ~っと並んで威容を誇っていたのに対し、木下恵介コーナーの地味なことといったら・・・。

 全49作品中、棚に並んでいたのは15作品ほど。しかもほとんどがVHS。DVDで借りることが出来るのは『二十四の瞳』『日本の悲劇』『カルメン故郷に帰る』『女の園』『野菊の如き君なりき』ぐらいなものでした。

 たしかにそれらは、日本映画史の中でも「名作中の名作」として語られるものばかりですし、これだけの代表作が並べられているというだけでもやはり凄い監督ではあるのですが。それ以外にもまだまだ本当に様々なタイプの多彩な作品を残した方であり、そのどれもが後世に「遺されて語られ続けるに値する宝物」だと思うんですよ。しかしどうも現在においては商業価値が認められていないというところに、映画界のキナ臭い「政治」を感じてしまいますねぇ。

 世界各地の映画祭に「箔付け」のために積極的に出品したり、監督の死後も遺族や親族が商品化に積極的であり続けると、黒澤監督のように「ブランド価値」がキープされるわけですが。木下監督の場合は「おネエ」であったことも影響しているのでしょうか、独りで暮らし続けたわけで子どもがおらず、つまり死後に商品化を積極的に展開する「家族」がいなかったということも、現在の知名度に影響しているのかもしれません。それもまたそれで「木下監督らしいあり方」なのかもしれないですけど、残念すぎる事実です。

 ところで先ほどまで、『二十四の瞳』をDVDで観ていたのですが・・・。本当はちょっとだけ覗いてみるつもりだったんですよ。しかし魔物ですねぇこの映画。2時間25分もある作品なのにも関わらず、観始めたら最後、引き込まれて目が離せなくなってしまい、「終」のマークが出た後にはしばらく放心状態になってしまいました。

 この作品、20歳の頃に文化庁主催の木下監督特集上映で観たのですが、その時には全然なんとも思わなかったんですよ。「あ、これが名作と言われている大ヒット映画ね。」という認識しかなかったという感じ。やたら子どもたちが唱歌を歌う場面ばかりが続いてモタモタしている物語展開に、イライラした記憶があります。あと、元小学校教師である母親が「この映画を観た事で教師を志望した」と言っていたことがありまして、「短絡的な志望動機だなぁ」と、すっごく失礼なことを思っていたりしたわけですね。つまり「お涙頂戴の商業主義映画」だという烙印を、青かった僕は勝手に押してしまっていたわけですよ、この映画に対して(←ほんとアホ。)

 ところが!

 遅まきながら今になってようやく、この作品の良さがわかったのです!!

 当時の自分と今の自分の大きな違いは、映像制作に関わりはじめて本気で映画を作りながら生きて行きたいと思っているということがあるわけですが。この映画が「映像」として持っている力の凄さとか、その凄さを観客には誇示せずに飄々とやってしまっている木下恵介という人のとてつもない映像センスに圧倒されまくったという感じなのです。

 この映画、ただの一秒たりとも、ワンカットたりとも、一つの台詞たりともテキトーに作られている瞬間がありません。すべてに一貫して明確な「思想性」が込められており、圧倒的な迫力となって魂に突き刺さってくるのです。

 この映画が作られたのは終戦から9年目の1954年。そろそろ終戦の痛手から国民が回復し、再軍備や近代化が推し進められ始めた頃に重なります。その時代において、牧歌的な瀬戸内海の景色の中で本来ならば伸び伸びと育って人生を謳歌するはずだった子どもたちが、戦前から戦後の時代の波に呑まれて翻弄されてしまう姿を「オナゴ先生」の視点から描き出す。映画は徹底して貧しい者、弱い者の視点に寄り添い、オナゴ先生と一緒に笑い、そして哀しみ、泣くのです。

 かつて、笑ったり哀しんだり泣いたりすることが禁じられた時代があった。誰も本音を言うことが出来ない萎縮した社会になってしまった時代があった。この映画は、その恐ろしさを声高に訴えるのではなく、小学校唱歌を朗らかに歌いながら束の間の学校生活を楽しむ島の子どもたちの「生の輝き」を前半でしっかりと観客に共有させることで逆照射するのです。

 つまり、モタモタした物語展開は観客をその世界に引き込んで「生きて呼吸させる」ために必要なことなんですね。ところが後半になるにつれて物語の加速度は増し、次々に襲い来る運命の無慈悲さとのコントラストが引き立つのです。そして、オナゴ先生と一緒に観客も「泣く」ことになるのです。時の流れの残酷さ、世の流れの無慈悲さに共感しながら。

 木下監督作品は、高度経済成長で日本がイケイケドンドンだった時代や様々なアングラ文化が花開いた時代には「女々しくて情緒的だ」と語られたそうですが。

 女々しくてなにが悪い。情緒的でいられるということが、どれだけ恵まれたことなのか。そのことをきっと、木下監督は生涯をかけて訴え続けた人だったんだろうなぁと感じました。

 木下監督の訴え続けたことはたぶん、これからますます強度を増して我々に突き刺さってくるような気がします。『二十四の瞳』で描かれている不況下における子どもの貧困問題は、現代の問題でもあります。

 経済的な困窮が人々の心から「潤い」を無くし、いつの間にかとんでもない暴走が起こり破滅的状況を迎えた、この国の過去。油断しているとそれは再び「未来」になるのかもしれないということを感じながら、文句なしの不朽の名作から目が離せなくなったひとときでした。FC2 同性愛 Blog Ranking

木下恵介を辿る旅06●NHK総合「こころの遺伝子~あなたがいたから~」で三國連太郎氏の木下作品『善魔』デビュー秘話放送

 3月29日(月)22時からNHK総合テレビで俳優・三国連太郎さんの出演番組が放送されるのですが、木下恵介監督とのエピソードが紹介されるようです!三国氏のデビュー作『善魔』は木下監督の監督作。数々の若手俳優を作品でデビューさせることが得意だったという木下監督の「家」に関するエピソードが紹介されるとのことで、最近すっかり木下マニアと化しているので興味津々っ!

こころの遺伝子~あなたがいたから~
「自分の好きなように 三國連太郎」
2010/03/29 22:00~22:50 (NHK総合)


 三國連太郎の壮絶人生映画に導いた名監督の教え▽西田敏行も感動演技に込めた執念

 さまざまな分野で活躍する人々の”運命の人”を探り出し、影響を与えた言葉や生き方を解き明かして、前向きに生きるヒントを伝える。ゲストは俳優の三国連太郎さん。数々の映画作品で印象的な演技を見せ、今や日本を代表する名優となった三国さんだが、役者人生のスタートは思いがけない出会いからだった。1950(昭和25)年、東京・銀座を歩いていた三国さんは、映画会社のプロデューサーに呼び止められる。連れていかれたのは、昭和を代表する映画監督・木下恵介さんの家だった。三国さんの人生を変えた木下監督との出会いのドラマを通して、受け継がれた「こころの遺伝子」を探る。 

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木下惠介を辿る旅005●橋田寿賀子ドラマの「男」たちに光を当てたような

 17日は木下惠介『惜春鳥』を観に池袋の新文芸坐に行ったのですが、俳優の川津祐介さんのトークにも間に合いました。

 彼は木下監督作品『この天の虹』がデビュー作であり、その後も木下作品に呼ばれて出ることによって俳優としての地位を確立して行った人。本人は当初は俳優を続ける気があったわけではなかったようなのですが、いわば木下監督に「惚れられた俳優」だったのだということが伝わってくるトークでした。

川津祐介『三回死んでわかったこと 』(小学館文庫)

 今回上映された『この天の虹』にしても『惜春鳥』にしても、川津氏の輝くばかりの若さと肉体がカラー映像として鮮明に記録されています。しかも、両作品共に彼が着替えや入浴などで半裸になる場面が出てくるのですが・・・はっきり言って物語的にその裸が必要なのかと言えば疑問です。「つまりは脱がせたかったんだろうなぁ」と、勝手に監督の心情を想像してみたりしながら観てしまいました(笑)。

 しかも『この天の虹』もやはり主題は男同士の絆であり、特に川津祐介が演じる「弟のようなキャラ」の人物が、「兄」と慕う人物に対して、並々ならぬ熱意を持っている姿が描かれ続けます。しかも男たちがみんな、どこか弱くて情けない。そして女たちが先進的で強く逞しい。これこそが、木下恵介監督が好んで描いた世界観だったようです。

 そういえば「橋田寿賀子ドラマ」に出てくる男たちも弱くて情けない人ばかりですが、あちらは強く逞しい女性が主人公として描かれ、スポットが当てられます。しかし木下惠介の世界では、橋田ドラマでは隅に追いやられているタイプの男たちにこそ、スポットが当てられているのです。

 「女」の描き方がどこか突き放してあってシビアであり、グロテスクでもある一方、「男」の描き方には共感が込められ、弱さの中から醸し出される儚い美しさが愛でられている。それが監督の視点であり、生理だったんだろうなぁと感じました。

 今日で観るのが2回目だった『惜春鳥』に関しては、初めて観た時のように「誰がゲイなのか?」と探したりとか、監督があちこちに散りばめている「ゲイ的萌えポイント」にドキドキすることからは自分の視点が自由になりましたから、冷静に物語の筋を追うことができました。

 そして今回は、「この人物は確実にノンケだ」と、ノンケ探しをしながら観ていたという感じでもありました(笑)。その位、セクシュアリティが曖昧にボカされているキャラクターが多いんですよ、この映画。全体的によく練れてるドラマツルギーで、愛情込めて丁寧に作られた作品であることが確認されましたので、あと5回は飽きずに観れそうです。

 それにしても・・・やっぱり「風呂場の場面」は色っぽかった。前半と後半に2回出てくるのですが、若い役者の肉体の美しさを浮き立たせることに集中した演出とカメラアングルであり、何度見ても魅力的でした。そう、この映画、出てくる人たちがとにかく艶っぽくて色っぽいんですよ。

 時の流れとともに消え去るのは、若き日の純真な思いと関係性。素晴らしい時を過ごした記憶がまぶしいほどに、それがいつまでも続かないことの残酷が浮き彫りになる。それぞれの境遇の中で、それぞれに変わって行かざるを得ない人間性。すべての人物が痛みを感じながら、それでも生きていかなければならない。人間の根源的な孤独を描き出した秀作です。FC2 同性愛 Blog Ranking

木下惠介を辿る旅004●織田裕二そっくりだったらしい

 17日はいよいよ木下恵介監督『惜春鳥』が池袋の新文芸坐で上映される日ですね。

 実は今、電車で移動中などに長部日出雄著『天才監督 木下惠介』という500ページ以上もある分厚い伝記本を読んでいるのですが、木下監督って若い頃、織田裕二そっくりだったらしいですよ。松竹の撮影所に入った当時のフィルムに若かりし頃の姿が記録されているらしいのですが、目がクリっとしていてカメラに向かって笑いかける顔もそっくりなんだとか。

 そして少年の頃にはいつも一緒に過ごす大の仲良しの男の子が居て、周囲からその「仲の良さすぎぶり」が噂されていたというエピソードなどなど、興味深い生い立ちがたっぷりと載っていて、至福の読書時間を過ごしております(笑)。ちゃんと『惜春鳥』についての記述も写真付きで載ってまして、次のように言及されています。

「いま初めて観る人は、作中に描かれる男同士の愛情表現の強烈さに驚くだろう」

「東京から二年ぶりに帰郷した川津祐介が、東山温泉の旅館の息子小坂と一緒にお湯に入っている浴場に、山本豊三が洋服のまま飛び込んで来て、裸の川津に強く抱きつく。製作当時の時点にもどっていうと、この浴場シーンの演出には相当の熱意と計算が籠められた様子で、松竹の宣伝資料によれば、動きをいちいち細かく指示する木下監督の演技指導が、朝から夜までつづいたので、さしもの若い元気な俳優も、一日中温泉に浸かり通しで、すっかり湯あたりし、グロッキー気味になってしまった・・・と伝えられた。惠介の少年愛志向は、そのころから外部でも噂になっていたから、これは監督の個人的趣味が多分に加味された演出ではないかという気がしないでもない。」

『異才の人 木下恵介―弱い男たちの美しさを中心に』を著した映画評論家石原郁子は、『惜春鳥』を「日本メジャー映画初のゲイ・フィルム」と呼び、山本豊三が川津佑介に抱く恋心をその証左とする。ゲイ・フィルムであるかどうかは別として、作中の山本が川津を恋しているのは、間違いなくその通りだとおもう。」

  ・・・つまりこの本の著者も、映画でゲイが描かれていることを認めてました。そして監督の少年愛志向も。・・・こんなにあちこちの本に書かれてたんですね~(笑)。そして『惜春鳥』については次のようにも書かれています。

「この映画の見どころは、細部の隅隅にまでわたってすこぶる多い。未見の方には、まだそれだけ人生の楽しみが残されているというわけである。」

・・・なんて素敵な映画案内文なんでしょう。本当にこの映画、一度観ただけでは咀嚼しきれない魅力に溢れてますし、観れば見るほど監督が複雑に張り巡らせた「何か」を発見することができることでしょう。あぁ、17日は出来れば一日中何度でも見返したい気分なのですが諸々の予定があってそうもいかず。でも、少しずつこうした上映機会を見つけては、楽しみを重ねて行こうと思います。FC2 同性愛 Blog Ranking

木下恵介を辿る旅003●いったい何人ゲイが出てるんだ?と思ってしまったほど様々に曖昧な『惜春鳥』

 「日本メジャー映画初のゲイ・フィルム」と言われる木下恵介監督作品『惜春鳥』観ました。正直、「登場人物の一人がなんとなくゲイっぽい」という程度なのかと思っていたら、もう、と~んでもないっ!

 先日『陸軍』の紹介でも書きましたが、この監督はやっぱりダブルミーニングの天才。いちばん描き出したいものを表面上はボカしておきながら、実は映像や歌、物語構成など、あらん限りの演出技法を巧みに駆使して本当に描きたいことを描き出しているのです。

 『陸軍』では検閲を擦り抜けて戦時中にも関わらず平和への希求を映像にしのばせ、『惜春鳥』では1959年という『薔薇族』すら発行されてない時代に、「わかる人にはわかる」仕掛けを散りばめながら、解釈の多義性を担保しつつ、紛れもなく「同性愛」を描き出していました。

 これは世界の同性愛描写映画史の中でも、かなり早い時期(1959年)に行なわれていた奇跡的な事実として、ちゃんと位置付けられるべきでしょう。

 会津に育った5人の男たちが主人公。そのうちの一人に、片足が不自由な青年(山本豊三)が居るのですが、都会から挫折して帰ってきた青年(川津祐介)に「友情を超えた気もち」を抱いていることが、ある確信犯的な台詞で示されます。

 また、映画の冒頭の電車内で話す津川雅彦と、彼が慕う叔父の佐田啓二は、やたらスキンシップが濃厚でドキッとさせられたりもします。

 さらには、浴槽での若い男たちの半裸体の多用などは、青い浴槽と若い男の裸の色のコントラストが、洋画のゲイ映画によく出てくる「プールを全裸で泳ぐ男のイメージ映像」を連想させます。ほんと、あれはゲイならではの官能表現。この映画が撮影されたのは1959年ですから、海外で名だたるゲイ映画が創られる前のこと。そういう面でも先駆的です。

 さらに興味深いのは、この映画で「ゲイ的」な人物として描かれているのは一人だけではないということです。監督お得意の多義的で曖昧な描き方で映画は終わるため、はっきりと「ゲイ的」に描かれた若者以外にも複数名の若者が、解釈によっては「ゲイ的」なのかもしれないことに、気付く人は気付くのです!(笑)

 いったい、何人のゲイが描かれてたんだ?この映画・・・と、今、僕の頭の中は答えの決して出ない疑問でいっぱいです。そういう意味で言えばこの映画。セクシュアリティというものの捉え難さや複雑さ、アイデンティティというものの捉え難さや複雑さなど、現代的に直面している問題をも大きく包み込んで描き出しているのかもしれない・・・。

 なんて深いんだ、おそるべし木下恵介。あなたこそが「巨匠」の名にふさわしい。FC2 同性愛 Blog Ranking





NEWS!
☆『惜春鳥』は3月17日(水)に池袋の新文芸坐で、木下惠介監督『この天の虹』とともに3回上映されます。13:45~川津佑介さんのトークショーもあります。→新文芸坐スケジュール

木下恵介を辿る旅002●おネエだからこそ出来たこと

 先日、「日本メジャー映画初のゲイ・フィルム」と記事に書いた木下惠介監督の『惜春鳥』、神保町シアターでの上映は金曜までなのでそろそろ観に行かなくちゃなのですが、さっきWikipediaで木下監督の項を読んだらこんな記述を発見。女性との結婚歴があるけども、いわゆる「成田離婚」めいたことをしてるらしいです。

 『女性的な言葉使いをすることが多かった(恩地日出夫「砧撮影所とぼくの青春」など)が、それ以上のセクシャリティを示すような具体的エピソードは無い。(ただし、脚本家の白坂依志夫の回顧エッセイでは、「ホモ・セクシャルで有名な木下の助監督は、すべて美青年であった」と記述されている[1]。)

 戦中に実際はごく短い結婚生活を経験しているが、入籍しなかった。新婚旅行で見切りをつけたという本人の弁は三国隆三「木下恵介伝」に、性的関係のないまま離別したという相手の女性の証言は長部日出雄「天才監督木下恵介」に紹介されており、今で言う成田離婚に近いものであったようである。作品でも、小津安二郎と同様にほとんど性描写をしない演出が特徴的である。』

 この部分を読むだけでもおもいっきり「彼はゲイだった」と書かれてるようなもんですよね。

 木下監督って凄いんですよ。戦時中に軍の委託で作った『陸軍』という戦意高揚映画があるんですけども、ちっとも戦意高揚になってないんです。映画のラストで、息子が出征して行く隊列をいつまでもいつまでも必死で追いかけ続ける母親の姿が映し出されるのですが、その長さと執拗なアップの連続で、無言のうちに「戦争とはなんと酷いことなのだろう」という感情を、観客に起こさせるような映画を作ってしまってるんです。おもいっきり反戦映画なんですね。

 当時の軍による映画の検閲というものは「脚本」の時点でしていたわけですから、そこを擦り抜けるためでしょうか、台詞には一言も「反戦映画めいた言葉」は書かれていないんです。でも、映像を見ると全然違った印象になっている。つまり言葉の世界を映像が裏切っているんですね。本当に「映画とは何なのか」「映像の特質」をわかっていたスゴイ人なんだなぁと感じて、20歳位の時に観たのですが、衝撃を受けて上映後しばらく席に座ったままボーっとした憶えがあります。「腰を抜かす」とは、あのようなことを言うのでしょう。

 あれほど「男性原理主義」のもたらす悲劇を象徴的に描き出して端的に批判した映画はないと思うし、「母の情愛」というものを普遍的に映像化したものはなかなか無いと思います。衝撃を受けたという意味では、僕がこれまで観てきた映画のうち、ベスト3には間違いなく入る映画。

木下恵介監督『陸軍』 [DVD]

 終戦を翌年に控えた1944年という軍国主義真っただ中の当時に、松竹の資本であれが作れてしまうということは並大抵のことではないです。その強さってのは、やっぱり木下監督が「マッチョ男」になりきらない「独特のフィルター」を持っていたからこそ湧きでていたものだと思うんですよ、ええ。機会があったら『陸軍』の方もぜひ、観てみてくださいね。(上映機会を見つけたら告知しまくります。笑)FC2 同性愛 Blog Ranking

木下惠介を辿る旅001●「日本メジャー映画初のゲイ・フィルム」と言われる木下恵介監督『惜春鳥』、神保町シアターで上映

 1959年という、あの「皇太子ご成婚パレード」が白黒テレビで全国生中継された年に、松竹映画メジャー作品としてゲイ・フィルムが公開されていたのを御存じですか?

 その作品とは、木下恵介監督の『惜春鳥』。神保町シアターで開催中の『オールスター映画 夢の祭典』の中で上映されるという情報をキャッチしました。

 木下監督と言えば1950年代の日本映画全盛期に、小津安二郎や黒沢明と並び称されるほどの大監督として松竹大船に君臨し、『二十四の瞳』や『日本の悲劇』『喜びも悲しみも幾歳月』『楢山節考』などの大ヒット作品を量産した人であり、日本初のカラー映画『カルメン故郷に帰る』の監督としても知られる方なのですが、生涯を独身で通され、「女嫌いで男好きだったらしい」というエピソードが、数々の俳優や関係者の口から陰に陽に語られ続けている人でもあります。

 そんな木下監督。「やっぱりゲイ・フィルムを創っていたんですね!」と生きていたら真意を訊いてみたくなるような作品が、1959年に制作された『惜春鳥』であるようで、石原郁子著『異才の人 木下恵介―弱い男たちの美しさを中心に』には、以下のように書かれています。(P226より)

 日本映画史の本を見る限り、この時代にゲイ・フィルムとして評価されている作品は、一つもない。(中略)だが『惜春鳥』は違う。木下はこの映画で一種捨身のカムアウトとすら思えるほどに、はっきりとゲイの青年の心情を浮き彫りにする。邦画メジャーの中で、初めてゲイの青年が<可視>のものとなった、と言ってもいい。

 実は僕、20代の前半に木下恵介監督作品は特集上映で全作品制覇しているので、この作品も観ているはずなのですが・・・当時はまだ自分を「ゲイ」だと認識していなかったからでしょうか、まったくそのような印象は持ちませんでした。というより、きらびやかな名作の影に隠れてしまい、あまり印象に残らなかった作品です。しかし上記の本に出会ってからは見返してみたくて堪らなかったので、この上映機会は本当に楽しみです。時代の制約の中で監督が「闘っていたもの」の姿も浮かび上がるかもしれません。

『惜春鳥』 S34('59) 松竹大船
上映日時:
3月1日(月)17:00、2日(火)18:45、3日(水)12:00、4日(木)14:00、5日(金)16:30
監督:木下惠介(1時間42分)
脚本:木下惠介、撮影:楠田浩之、音楽:木下忠司、美術:梅田千代夫
出演:有馬稲子、佐田啓二、川津祐介、津川雅彦、小坂一也、石浜朗、中村豊三、十朱幸代、笠智衆
・・・会津若松を舞台にした松竹若手オールスターの青春群像劇を、佐田と有馬の悲恋を交えて描く木下惠介の秀作。青春のはかなさを見事に謳い上げる演出手腕に酔う。(神保町シアター公式ページより

 映画全体としては「松竹で旬の若手オールスターが総出演する群像劇」であり、当時の娯楽の王様は映画だったわけですから今で言うところの「月9ドラマ」のような位置付けの作品のようですが、エピソードの一つとして出てくる男性同志の関係が、石原郁子さんによると「ゲイの青年の心情を浮き彫り」にしたものとして捉えられたようです。具体的にはどのような表現と演技がなされているのでしょうかね。

木下惠介 DVD-BOX 第4集(『惜春鳥』収録)

 木下恵介監督は、同時代の黒沢明が「マッチョな男性像」や「男たちの社会」を描き出すのを得意としたのと対照的に、「女性の強さや生命力」あるいは「社会の一線から脱落している弱い男たち」を描くことを得意とした人。日本映画史の中ではよく、「男性映画の黒沢」、「女性映画の木下」と対照的に語られたりします。

 そのせいか、国際的な評価という点からすると、作品においても監督としての対外的パフォーマンスにおいても「男性原理」を前面に押し出して果敢に攻めた黒沢明は高く評価され、木下恵介は同時代においては「女性的」で「感傷的」だという言い方で、マイナスの評価を男性映画評論家たちから下されるケースが多かったようです。

 現在における「歴史上の名声」にもそのことが影響しており、木下監督について記された本は、大監督だった割には全然出版されていませんし、驚くことに全作品のDVD化もされていません。

 泣く男や弱い男などが頻繁に登場し、高度経済成長の時代に「強くなければならないと思わされている男たち」の視点からすると見たくないものを描き出して突き付けたりする木下映画。つまり、真の意味で時代に反逆していたのかもしれません。そして、そうした映画を創れたのはやはり、監督が「単純な(ストレートな)男性ではなかった」ということも影響しているのではないかということが、公式の場でも言われ始めています。

 石原郁子さんは『異才の人 木下恵介―弱い男たちの美しさを中心に』の中でその点を「男でも女でもない」という言い方で書いています。木下恵介監督作品の再評価は、これからこそ、行われるべきなのではないでしょうか。「ストレートな男性原理」から解放された感性を身につけている人々によって。FC2 同性愛 Blog Ranking

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